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不二高社長のブログ
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ビジネスパートナーの皆さんが待望していた講演会を開催しました。
木炭塗料を用いた住快適環境創造技術研究が始まって
13年が経過するのと、時を同じく、川崎医科大学 医学部 大槻剛巳教授に
手掛けて頂いた、ICAS&SUMICAS搭載住環境の人体への
作用についての研究も13年という月日が経過しました。
不二高㈱からも、国際学術誌「PLOS ONE」に発表された
論文を一早く翻訳し、その概要を皆様にお届けしました。

2018・10月10日、NPO JNMCの主催で、大槻剛巳博士に
東京の会場「ティアラこうとう」まで、はるばるお越し戴き、
講演をお願いしました。

まさしく、時を同じくして、本庶 佑博士がノーベル医学 生理学賞を
免疫療法で受賞されましたので、私達のビジネスには追い風となり始め
ました。

この講演会には、北は仙台市、南は沖縄からも参加して戴き、100名の
会場がほぼ満席になる盛況でした。

  







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不二高・創業70周年記念レセプションを開催したのが
伝わったらしく、㈱ウィンズさんから、
静岡営業所と本社の両方に、ワイン色の「胡蝶蘭」を
お祝いに戴きました。


 事務所の受付カウンターに飾りました。
「きれいですね!」
社長、有難うございます。
創業70周年記念・社員パーティーを7月9日(土)に
熟成肉で大人気の「肉BAR・イルターボロ」で開催しました。
本社の社員と静岡営業所の社員はJR富士駅に集合、
京昌園の送迎車に乗って入店しました。







創業70周年記念パーティーの開会の挨拶
今年2月の社員旅行から始まったイベントの
年の意義と社員の「夢」への挑戦について
話から乾杯に移りました。
社員全員に、時計のプレゼント、
そして、我々を支えてくれた家族には
70年の年輪にたとえて「バームクーヘン」
をプレゼントしました。
 


 

昨年末に日本国特許を取得した、
機能空間「百年炭蔵」を用いた食品加工方法
で熟成肉のブランディングに成功した『イル・
ターボロ」さんを会場に設定したのは、
不二高の全社員に、最高峰の熟成肉を
堪能して頂き、百年炭蔵の真髄を
体感して日々の営業活動に役立てて
貰う為です。
「これが熟成肉だ!」
まずは、前菜からです。

  
芹沢優美さんの百姓屋「つぐみ」の野菜プレート
に続き、おまちかねの、熟成肉3種盛りです。


サーロイン、イチボ、ランプです。
それぞれの食感が味わえて、全員感激です。
女性スタッフが楽しい余興が企画してくれて
大笑いで大満足のパーティーでした。


イルターボロの店先で記念撮影です。


総勢20名の不二高社員が揃いました。

「星に帰った少女」の話ばかり続きます。
それには少し因縁じみたエピソードがあります。
実は、「星に帰った少女」の舞台である八幡神社の
秋の祭典で、私が祭典委員長に指名されたのです。
末吉暁子が亡くなったこの年にです。
(祭典委員長に指名されたのは、末吉暁子が
 存命であった4月です。)
神社の祭祀ですから、辞退を伺ったのですが、
50日を過ぎた秋の祭典のこと、と
既に祭典準備が動き始めていること、
一番は、末吉暁子との因縁でしょうね。
この八幡神社が、彼女が児童文学者協会新人賞他多数の賞を
授け世界的な児童文学者として飛躍した舞台、
すなはち、パワースポットの場所として注目されることで、
御神璽も好意的に見てくれるだろうと
かってに解釈しています。
という訳で、八幡神社を見直しています。
先日、八幡神社で写真を撮っていたら、
「星に帰った少女」の重要な情景である、
バス停に降りたシーンを、子の目で見ることが出来ました。





バス停は、間門八幡に変わり、
東海バスは富士急行でしたが、
「星に帰った少女」の本の中に
吸い込まれていくような気がしました。

「星に帰った少女」の杏子の過去の
悲しい話の種は何だったのだろうか、
と、彼女の少女期を振り返ってみました。
彼女の両親は離婚もしていないし、
母親は96歳の天寿を全うしたし・・・。
ふと、小学校の記憶が甦りました。
それは、彼女が通った、片浜小学校の
校長室に架けてある一つの絵です。

小学生時代の彼女の夏休みは、
宿題を終わらせると、沼津の海(片浜海岸)で、
近所の児童達と午前中を泳いで過ごす事
でした。全員、真っ黒に日焼けしていました。
しかし、この片浜の海は、波打ち際から数メートルで
もう背が立たない位急深です。おまけに、
八月の土用を過ぎると土用波と云って、逆まきうねる
大波が打ち寄せる海岸に変貌します。

校長室の絵は、土用波に押し流されている
生徒と助けようとした先生の姿です。
全員が溺れて亡くなった事を
説明受け、私もショックを受けた事を
記憶にいつまでも残っています。

末吉暁子は、きっと、この片浜の荒々しい海と
校長室の絵を重ね合わせて、物語の
悲しい場面を構成したのだろうと想像してみました。


末吉暁子が遊んだ片浜海岸(波の穏やかな日)

 
遠く伊豆半島を観ることが出来ます。
片浜海岸は、富士川から流れ着いた玉石の
海岸です。
小学生の彼女は、この海岸で甲羅焼きをしていました。
時代が変り、現在は遊泳禁止です。


片浜海岸からも富士山が見えます。
(台風の後、塩害で枯れた松が少し痛々しいです)




片浜海岸から、お正月(1月1日前後数日間)だけ
駿河湾の入り口に沈む夕陽が見られます。
その時、世界が、時にバラ色に、時に真っ赤に変ります。
一度ご覧になってください。
「星に帰った少女」を読み返し、主人公マミ子が杏子と出会った
八幡神社に行って来ました。
「そう、正面に鳥居があって、両わきにはマミ子の背たけより
やや低い石がきがあり、鳥居の奥に石だたみの参道がお堂まで
つづいていた。」
この八幡神社は、物語の舞台そのままに存在していました。
石たたみだけがコンクリートに変ってしまっていましたが・・・。
今となっては、元に戻らないけれど、
「星に帰った少女」の舞台と分かっていれば
そのまま残しておきたかった・・・・


 








 
 
八幡神社の沿革略記の看板がありました。
それによると、古代祭祀の祠や社の全村の
氏神を大きく慶長9年9月に勧請創建された、
とあります。



「従是東」の石碑、地元の古老に聞くと、
建立の時は「従是東下馬」とあったともいわれています。
八幡神社の目の前の道路は東海道です。
この地は、戦国時代、武田氏と北条氏が激闘を交した場所に
あり、沼津城の西端にあたる要所ですから、
石碑の由来も頷けます。
八幡神社の資料が少ないのも、度重なる戦火で焼失したとも
考えられますが、その度に再建され続けてきのは
東海道の要所の施設としての役割と
氏子達、住民の絆としての場所であったと考えられます。  

 
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