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不二高社長のブログ
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「雨ふり花さいた」(故末吉暁子1942~2016)では、
遠野の座敷わらしの茶茶丸を淵猿として、お花坊といっしょの
河童族にして描いています。その姿も風に吹かれて飛んで行って
しまうほど小さく甲羅もないのです。全国に伝承されている
河童の姿が、私達が絵画や漫画で目にしている通説と違って
              


いることが多く、不思議に思っていたのですが、
末吉暁子は甲羅の無い河童で物語を作っています。
この本で、私の疑問は解決してしまいました・・・。



彼女が亡くなってから、それまでじっくり読むことも
なかった本を再読しています。
「雨ふり花さいた」も、その中の一冊ですが、
文章のあちこちに、あれ!
なにか、河津町の栖足寺の「河童のかめ」伝説と
ひっかかるところがあるな~と、
感じてしまうのです。
大こじつけですが、私なりにこの情景を
浮かべては、座敷わらしは河童族なんだ。と、
決めちゃっています。
そして、馬に悪さをして懲らしめられているところを
栖足寺の和尚さんに助けられ、お礼に壺を渡して
この河童は、風に吹かれて東北地方に飛んでいった
のだろう、時を超えて、風に吹かれては飛んで行った
茶茶丸はそこで又、馬に悪さをしてしまったんだ・・・
と、一人で納得しています。
末吉暁子は伊豆を旅した時、きっと栖足寺で
河童のかめの伝説を目にし、記憶の中に
しまってあったのだろうと思います。
河童のかめの伝説を知ってから「雨ふり花さいた」を
読み返してみるのも面白いですね。
栖足寺の河童のかめの話を
末吉暁子の姉、富士市在住で陶芸家の根本ルリ子に
話をしたところ、早速素焼の、壺を抱いたり、壺に入った
河童の置物を作ってくれました。
(木の葉のような甲羅が付いています。)







 

この素焼の置物に、百年炭蔵のナノ木炭塗料を塗布して
「河童のかめ・恋炭物語Ⓡ」を完成させて
栖足寺さんにお届けしました。
アポなしに突然訪問したのですが、法事でお忙しそうでしたが
ご住職の千葉兼如さんお会い出来、河童ギャラリーを
拝観させて戴きました。伝説の河童のかめも実際に存在し、
いまでも壺に耳を近付けるとサラサラとせせらぎの音が
聞こえてくるそうです。(この日は、時間がなくて拝観
出来ませんでした)
次の機会に是非と伝えて帰宅しましたが、
「雨ふり花さいた」を読み返して、前述のこじつけを
してみたのです。千葉住職さんなら、「雨ふり花さいた」を
どのように解釈されるのか、お会いするのが楽しみです。
栖足寺さんのパンフレットの表紙には
「観自在」
 「河童元来仏菩薩の化身也・・・・・」
と書かれています。
座敷わらしの話を聞けば、頷かずにはおれませんね。

皆さんもぜひ栖足寺を参拝して、河童ギャラリーで
陶芸家手作りのお墨付き河童のかめを
見つけて下さい。そして、出来れば河童の残した壺の
せせらぎの音を聴いてみては如何でしょうか。
(せせらぎの音が聞こえたら、茶茶丸とお花坊は
 どこかで生きているのだそうです)
 






 
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